other rooms, other letters—no.4 “Yellow Roses”

あちこちで木香バラが咲く季節は、

通勤途中の道がいつもよりちょっと楽しみになる。

美しく手入れされた庭に咲いているものより、

ほったらかしにされて、わぁっと咲き乱れている方が、

伸び伸びと生命力に溢れていて好きだ。

花を眺めて歩くこと、これも私のサムシングのひとつ。

 

人生は良いことばかりじゃないけれど、

そうじゃないからこそ感じられる

小さな優しさがあるんだと思う。

例えば、美しい音楽と共に蘇る思い出や匂いが、

自信のない背中を見透かしてふわっと支えてくれる瞬間の、

自分は自分でしかないのだなぁだと気がつく感じ。

例えば、夕焼けが身体にじんわりと染み入ってきて

微かに痛みを伴う瞬間の、心が揺さぶられる感じ。

 

気をつけて、そこに気持ちを向けていないと、うまく掴めない。

美しい花の色や形も、心に寄り添う音の響きも、

見上げればいつでもそこにある空も。

世界はたくさんの魔法に溢れているってことを、気づかせてくれるサムシング。

 

other rooms, other letters—no.2

いつものように休日前の夜、適当な映画を選んでちょっと夜更かしをするひと時。その日も何気なくうとうとしながら見ていた画面。ところがいつもと違ったのは、エンディングで流れ始めたメロディに、その歌詞に釘付けになったこと。

「自分はちっぽけな人間」なんて台詞や何かでよく聞くけれど、決して否定的な意味じゃなく、やっと心から思えるようになった。今のこの自分でじゅうぶんなのだと。そう気づいた時から、まるで新しい人生が始まったような気分になった。つい最近の話。だからこの歌にすごくグッときてしまったのだ。

このごろは、先のことを考えて「幸せになりたい」とはあまり思わなくなった。感じる瞬間、その目の前にあるものこそが、いつも私を幸せな気持ちにしてくれていた。そんな本当のものを、もっと大事にしたくなった。

 

“ Little Person “  by Jon Brion

僕はちっぽけな人間

誰も僕に気づかない

たくさんのちっぽけな人たちとともに

広い海の中を彷徨っている

 

大したことのない仕事をこなし

何てことのない毎日のなかで

ささやかな食事をしたり

子供や妻を愛おしく思ったりする

 

そしてどこかで、きっといつか

どこか遠いところで

僕はもうひとりのちっぽけな誰かと出会うのさ

その人は僕を見て言うだろう

「あなたのこと知ってるわ、ずっと待っていたの。二人で楽しみましょうよ。」

 

人生はかけがえのないもの

その一瞬一瞬が

君といればもっと素晴らしい

だからもっと楽しもう

僕らは車に乗って旅に出るんだ、西のほうへ向かって

君のことが誰よりも大好きなのさ、やっと会えて嬉しいと思っているんだよ

君と一緒にいると幸せな気持ちになる

僕の一番大切な、愛しい人

 

どこかで、きっといつか

どこか遠いところで

どこかで、きっといつか

どこか遠いところで

僕は自分と同じようにちっぽけな誰かと出会うだろう

そして僕らは一緒にたくさんの楽しい時を過ごすのさ

 

other rooms, other letters—no.1

『階段の上のワクワク』

 

今でもイタリア料理店などで、オリーブオイルとニンニクの混ざり合ったつよい香りがすると、あの時のワクワクした気持ちが一瞬にしてよみがえる。

私がCIBOでアルバイトをしていたのは、ちょうど20歳前後のこと。大人になることの大変さや責任について考えるよりも、先走りする好奇心の勢いで新しい場所にどんどん飛び込んで行けたあの頃。その一方で同時に感じ始めていた、社会に出ていくことの怖さや他人と関わることの難しさが、ポジティブな感情との振り幅をさらに大きくしていた気がする。それゆえの不安定さなのか、今振り返れば自分史上最も感受性が豊かだった頃と言うこともできそうな日々だった。その感受性をうまく使いこなせる時間と集中力にも溢れていた気がする。

初めてお客さんとしてCIBOに足を踏み入れた時、私は瞬時に「あー、このお店好きだな」と思った。1階から少し軋む階段を上って、何だか分からないけど妙に温かい光の中をオリーブオイルとニンニクの香りに包まれながら進んでいく。この数秒間のワクワク、人生のある場面で時々やってくる、ものすごーく満たされた感じ。何気なく聴いていたラジオから流れてきた曲が運命的に心を揺さぶった瞬間のような。会いたいなぁと思っていた人に会うはずのない人ごみでばったり出くわした瞬間のような。そんな一瞬だけ魔法にかかったようなワクワクは、自分にいちばん正直な、誰の顔色をうかがう暇も必要もない本物の気持ちなんだと今でも思っている。

匂いと記憶はいつでも結びついている。そのタッグにはいつもずるいなぁと思わされる。思い出す状況がたとえ最悪だったとしても、同じ匂いがすれば自動的に思い出してしまうのだから。CIBOを離れてもう10年以上経っているのに、東京のちょっとふざけたイタリア料理店でも、オリーブオイルとニンニクの匂いがすると、あの頃のことを瞬時に思い出してしまう。そして目の前に運ばれてきたトマトソース・パスタを口にしながら思うのだ。私の“基準のトマトソース”は、ずっとCIBOの味なのだなぁと。その店のソースを食べる時、自分で作ったソースを味見する時、いつでもCIBOの味を思い出して採点してしまう自分がいる。

先日、久しぶりに富山に帰ってCIBOを訪ねた。大好きなあの階段を上る時、あの頃のワクワクした気持ちや楽しかった思い出がわっとよみがえってきた。何でも新しくしたり進化したりが良しとされる日常にいて、変わらない場所があることにただ素直にありがとうと言いたくなった。もちろん、“基準のトマトソース”の味もそのまま。好きな人と食べる美味しいご飯は楽しいし、かなしくても美味しいご飯を食べればちょっと元気になれる。私の毎日には美味しいものを食べる時間が不可欠で、それを一緒に「おいしいねぇ」と言える誰かが必要だ。日々のあれこれに疲れて大事なことを忘れそうになった時には、きっとまたここへ帰ってこよう。