other rooms, other letters—no.1

『階段の上のワクワク』

 

今でもイタリア料理店などで、オリーブオイルとニンニクの混ざり合ったつよい香りがすると、あの時のワクワクした気持ちが一瞬にしてよみがえる。

私がCIBOでアルバイトをしていたのは、ちょうど20歳前後のこと。大人になることの大変さや責任について考えるよりも、先走りする好奇心の勢いで新しい場所にどんどん飛び込んで行けたあの頃。その一方で同時に感じ始めていた、社会に出ていくことの怖さや他人と関わることの難しさが、ポジティブな感情との振り幅をさらに大きくしていた気がする。それゆえの不安定さなのか、今振り返れば自分史上最も感受性が豊かだった頃と言うこともできそうな日々だった。その感受性をうまく使いこなせる時間と集中力にも溢れていた気がする。

初めてお客さんとしてCIBOに足を踏み入れた時、私は瞬時に「あー、このお店好きだな」と思った。1階から少し軋む階段を上って、何だか分からないけど妙に温かい光の中をオリーブオイルとニンニクの香りに包まれながら進んでいく。この数秒間のワクワク、人生のある場面で時々やってくる、ものすごーく満たされた感じ。何気なく聴いていたラジオから流れてきた曲が運命的に心を揺さぶった瞬間のような。会いたいなぁと思っていた人に会うはずのない人ごみでばったり出くわした瞬間のような。そんな一瞬だけ魔法にかかったようなワクワクは、自分にいちばん正直な、誰の顔色をうかがう暇も必要もない本物の気持ちなんだと今でも思っている。

匂いと記憶はいつでも結びついている。そのタッグにはいつもずるいなぁと思わされる。思い出す状況がたとえ最悪だったとしても、同じ匂いがすれば自動的に思い出してしまうのだから。CIBOを離れてもう10年以上経っているのに、東京のちょっとふざけたイタリア料理店でも、オリーブオイルとニンニクの匂いがすると、あの頃のことを瞬時に思い出してしまう。そして目の前に運ばれてきたトマトソース・パスタを口にしながら思うのだ。私の“基準のトマトソース”は、ずっとCIBOの味なのだなぁと。その店のソースを食べる時、自分で作ったソースを味見する時、いつでもCIBOの味を思い出して採点してしまう自分がいる。

先日、久しぶりに富山に帰ってCIBOを訪ねた。大好きなあの階段を上る時、あの頃のワクワクした気持ちや楽しかった思い出がわっとよみがえってきた。何でも新しくしたり進化したりが良しとされる日常にいて、変わらない場所があることにただ素直にありがとうと言いたくなった。もちろん、“基準のトマトソース”の味もそのまま。好きな人と食べる美味しいご飯は楽しいし、かなしくても美味しいご飯を食べればちょっと元気になれる。私の毎日には美味しいものを食べる時間が不可欠で、それを一緒に「おいしいねぇ」と言える誰かが必要だ。日々のあれこれに疲れて大事なことを忘れそうになった時には、きっとまたここへ帰ってこよう。